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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9832号 判決 1969年5月02日

原告 日本ビルディング株式会社

右代表者代表取締役 高山広

右訴訟代理人弁護士 作田高太郎

同 吉沢直

同 藤井滝夫

同 瀬高真成

被告 兼松江商株式会社

右代表者代表取締役 町田業太

右訴訟代理人弁護士 清瀬三郎

同 大房孝次

主文

被告は原告に対し、金五〇〇万円およびこれに対する昭和四二年九月二三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決中原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一、原告

「被告は原告に対し、金五、〇〇〇万円および昭和四二年九月二三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によると原告は宅地建物取引業法に基き東京都知事から免許を受けた宅地建物の仲介等を業とする株式会社であることが認められ、被告が旧商号を兼松株式会社と称し、昭和四二年四月一日商号を兼松江商株式会社と変更し、同年六月一日江商株式会社を吸収合併したことは当事者間に争いがないところ、原告は原、被告間に被告が本件物件を取得するにつき原告に仲介を委託する契約が成立したと主張するのでこの点について判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、昭和四一年一二月二〇日頃被告の取締役三津正四郎は原告の常務取締役千草登に対し、被告は江商株式会社を吸収合併するので、合併後の東京支社として使用するための事務所に適当なビルを求めたいから紹介してほしい旨を電話で依頼した(右依頼の事実は当事者間に争いがない。)。そこで右千草は直ちに原告の総務部長佐藤尹をして右三津を訪問させ、さらに詳しい希望条件を尋ねさせたところ、「国電の神田から新橋までの間で道路づきのよい場所で、一、五〇〇人位収容できるビルを希望するが、できなければ更地で五〇〇坪の土地を探してほしい。」等同旨の依頼があり、今後の連絡は被告の管財課長向井敏美にされたい旨の申出があった。佐藤はこれを諒承してその旨を千草に報告するとともに、千草の指示により直ちに出入業者に対し被告の希望条件に見合う物件の紹介を依頼した。しかるところ、昭和四二年一月一一日には出入の業者である訴外代々木不動産有限会社社長保原円治から都内中央区宝町所在の訴外株式会社木下商店所有の本件物件が売りに出されており、その規模は地上八階地下三階、延面積五、六〇〇坪、値段は二八億円である旨の電話があったので、佐藤尹総務部長は直ちに向井敏美管財課長にその旨を報告したところ、同月一三日に至り向井は原告に対し、被告の大阪本社との打合せのために必要だとして本件物件の平面図、有効坪数等の説明資料の提供を求めてきた。しかし原告は当時まだ本件物件の詳細な資料を入手していなかったので、急ぐならば直接本件物件の現地案内をする旨申入れたところ、右向井はこれを諒承し現地案内の日を同月一六日と指定してきた。そして佐藤尹は右向井を案内して検分させたのであるが、右検分後向井は佐藤に対し、被告は原告を買手側の唯一の業者と認める旨を述べた。以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫そして右認定によれば、遅くとも昭和四二年一月一六日には原、被告間において被告の前記希望条件に副う本件物件売買の仲介斡旋について報酬額の定めのない(報酬額の定めのないことは原告の自認するところである。)委託契約が成立したものと認めることができる。

二、そこでつぎに右委託契約に基く原告の報酬金請求権の有無について判断する。

≪証拠省略≫および前認定の事実ならびに本件弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。即ち、原告は昭和四二年一月一三日に被告から本件物件の平面図、有効坪数等の資料提供を依頼され、翌一四日被告の右依頼の趣旨に副って本件物件を詳細に調査して報告すべく、佐藤尹総務部長および社員清水和愛をして本件物件を現地調査させた。そしてその際訴外産商不動産の久津見管理課長から本件物件の実質上の権利者は訴外三井物産株式会社であること、そのため本件物件の平面図等の資料は同社にはないことが判明したので同人から本件物件の概要について説明を受けこれに基いて本件物件の規模、構造、有効坪数、設備等に関する資料を作成した。そして同月一六日の現地案内当日予め佐藤が向井管財課長に右資料により本件物件の概要を説明したうえで訴外保原円治とともに同人を案内し本件物件を検分した。ついで翌一七日には原告は右訴外三井物産から本件物件の平面図を入手しこれを向井管財課長に交付した。

しかるに、被告はこのように向井管財課長を通じて原告から本件物件の紹介を受けながら、同年二月初旬頃本件物件の譲渡担保権者で実質上の処分権限のある右訴外三井物産に直接本件物件の売却方を申入れ、その後は原告を排除して被告の取締役三津正四郎と右訴外三井物産の総務部長吉田平太郎との間で直接売買交渉の話が進められ、同年五月二五日形式的には売主を訴外株式会社木下商店買主を訴外兼松不動産株式会社、実質的には売主を訴外三井物産株式会社買主を被告として代金二五億一、六〇〇万円で本件物件の売買契約が成立した。そしてその間向井管財課長は原告から同年一月下旬および二月上旬の二回にわたり本件物件買受の意思決定の有無を打診せられても目下検討中というのみで確答を示さないまま三月上旬に至り三津正四郎が初めて訴外三井物産と直接交渉し調印の運びになっていることを明らかにしたのである。以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

ところで右認定によれば、本件委託契約に基き原告がなした行為は、本件物件が売りに出されている旨の報告、本件物件の規模、構造、有効坪数、設備等の概要についての調査説明、平面図の提供、現地案内にとどまり、その後の売買交渉については原告は何ら関与せずに実質上の売買当事者である被告と訴外三井物産との直接交渉により契約締結に至ったものと認むべきであるから、原告の仲介によって本件物件の売買契約が成立したものでないことはいうまでもない。しかしながら一般に不動産取引業者が不動産の買受希望者の依頼により売買の斡旋媒介をする場合、業者にとって売買契約締結自体の媒介をすることが重要な仲介行為であることは勿論であるが同時に、その前提となるべき買受人の希望条件に副う物件を探知してこれを委託者に紹介し売買契約締結の機会を供与することもまた重要なことである。従って不動産取引業者が顧客から不動産売買の斡旋媒介を委託され、委託者の希望条件に一応合致する物件を紹介した場合には、その後委託者が業者を排除した当事者間で直接交渉して売買契約を締結するに至ったとしても、右売買成立の過程において業者に受託者としての誠実義務懈怠等その責めに帰すべき事由がないに拘らず、委託者がことさら業者を排除してその後の売買交渉に関与せしめず自ら直接交渉して売買を成立させたときは、民法第一三〇条の法理により自己の尽力によって売買が成立したものとして商人たる業者は委託者に対し商法第五一二条により相当の報酬を請求しうるものと解するのが相当であるところ、前記認定の事実によれば本件において原告がその後の売買交渉に関与しえなかったのであるが、原告に前記の義務懈怠のあったことの主張立証はないのであるから、被告が原告を除外すべき事由はないのにことさら原告を排除したことによるものである。従って商人たる原告は本件物件の実質上の買主である被告に対し本件物件売買の媒介による相当の報酬金を請求する権利を有するものというべきである。

三、よってさらに報酬金の相当額について判断する。

原告は当事者間に報酬額の定めのない場合は、東京都知事が告示をもって定める最高の報酬を請求できるものとする慣習があり、本件においてもこの慣習によるものとされたのであるという。しかしながらこの点に関する鑑定人今井襄の鑑定の結果は次に説明するとおり採用しがたく他に右慣習の存在を認めるに足る証拠はない。即ち、東京都知事は宅地建物取引業法一七条第一項、建設省告示一一七四号に基き告示をもって宅地建物取引について取引業者の受くべき報酬について定めているのであるが、右告示によれば売買の依頼者の各一方につき請求しうべき報酬額は、仲介業者の媒介行為が功を奏した場合について取引額が四〇〇万円を超える場合は、取引額二〇〇万円までの部分について取引額の百分の五、取引額二〇〇万円を超え四〇〇万円までの部分について取引額の百分の四、取引額四〇〇万円を超える部分について取引額の百分の三を超えない範囲内の報酬率によるべきものとしているのであって、しかも右報酬率の定めは宅地建物取引業者が多額の報酬を受領することを抑止する目的から業者が依頼者の一方に請求しうる最高の報酬限度額を定めたものと解すべきものであるのみならず、報酬額の算定基準として取引額を二〇〇万円以下、四〇〇万円以下および四〇〇万円を超える場合の三つに区分するにとどまり、四〇〇万円を超える取引については一律に報酬率の最高限を定めるのみであることに徴すれば、単に一般に業者が最高限度の報酬を通常請求しているからといって後に認定する本件の場合のように、契約の締結自体に殆んど関与するところのない業者が、取引額が四〇〇万円をはるかに超える高額によって取引される不動産売買の仲介斡旋についてまでも報酬額について合意なくして直ちに右告示に基く最高額の報酬を授受する慣習が存するものとすることには躊躇せざるを得ないのである。

よって原告が被告に対し請求しうる本件報酬金の額は、前記売買代金二五億一、六〇〇万円につき右報酬率で算出した金額の範囲内で原告の本件媒介行為の態様、程度およびそれがその後の売買契約に実質的に寄与した度合その他本件物件の売買価額が高額であること等諸般の事情を参酌して定めるのが相当であると解する。しかるところ、前記認定のとおり原告は本件物件売買の媒介については昭和四二年一月九日から二月上旬までの約一ヶ月間に被告に対し、本件物件が売りに出されている旨の報告、本件物件の規模、構造、有効坪数、設備等の概要について調査説明、平面図の提供、現地案内等をなしたにとどまるのであるところ、一方、≪証拠省略≫によれば、管財課長向井敏美が現地を検分した後の当事者間の売買交渉は、まず昭和四二年二月初旬頃、被告から直接処分権限のある訴外三井物産になされた申入れにより右三井物産常務会で被告に本件物件を売却する方針が決定され、ついで約三ヶ月半にわたり主に被告の取締役三津正四郎と三井物産の総務部長吉田平太郎が中心になって、特に本件物件が高額であることから売買価額、代金支払方法、物件引渡時期等につき交渉が重ねられ、最終的には被告の主力取引銀行である訴外東京銀行の頭取原純夫の立会の下に被告と三井物産の両社長の話合いの結果、売買代金は原告が当初紹介した売値の金二八億円が金二五億一、六〇〇万円に減額され、その支払方法は契約時八億円を現金で支払い、残金一七億一、六〇〇万円は年六分六厘の利息を加算し昭和四三年五月二六日を初回とする一ヶ年ごと四回の分割払とし、その決済方法は被告が三井物産に対しこれに見合う約束手形四通を訴外東京銀行の手形保証の下に振出交付し、さらに抵当権その他の制限物件を消除し契約後遅滞なく明渡して所有権移転登記をする旨の諒解に達しそれに副って本件物件の売買契約が締結されたことが認められる(右認定を左右するに足る証拠はない。)のであって、被告がことさら原告を右売買交渉から排除したことを考慮に入れても、前述のような原告が本件物件売買の媒介のためになした行為と被告および三井物産らがその後の売買交渉のためになした行為とを比較し、それぞれの行為の態様、程度、難易性、契約締結への寄与度等諸般の事情を参酌して考えるならば、原告の被告に対して請求しうべき報酬金は金五〇〇万円が相当であると認める。

四、よって被告は原告に対し、報酬金五〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四二年九月二三日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の被告に対する本訴請求は右認定の限度において正当としてこれを認容し、その余は理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綿引末男 裁判官 塩谷雄 裁判官北沢和範は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 綿引末男)

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